お盆休みに入り円高問題が話題になっていますが、資本主義経済に基づいた金融システムは限界に近づいてきているのではないでしょうか。
ラビ・バドラ が予測していたように、資本主義の崩壊というのも近いのかもしれません。
そんななかで読んだ本が、エンデの遺言--「根源からお金を問うこと」
。
モモ
の作者として有名な作者ですが、シルビオ・ゲゼルの理論をベースに、「お金のあり方」の再考を提唱しています。
この書籍は、NHKが放送したドキュメンタリー番組をまとめた本ですが、「劣化するお金」や「利子のない貨幣システム」などの興味深い内容についてエンデのインタビューやエンデが参考にしたであろう書籍を基に解説しています。
循環しないと価値が下がる「劣化するお金」を作る。
→手元にお金を「貯蓄」しておくと、価値が下がっていくので、お金をを使うインセンティブになる。
→余剰分は、貯蓄しておいても価値が下がるだけなので、「投資」がしやすくなる。
→利子がつかないので、借入をしやすくなる
というのが「劣化するお金」のざっくりしたイメージです。
お金が劣化せずに、未来永劫同じ価値を維持しつづけるというシステムを作ってしまったがために、利子が生まれ、成長し続けることを止めると破綻するような金融システムになっているという理論です。
たとえば、余剰の米をだれかに貸し出して、1年後全く同じものを返却してもらえれば、米の鮮度や鮮度の維持費を考慮すれば、貸し出すメリットはとても大きいです。
逆にお金は1年経っても価値も変わらず、維持費用もかからないので、利子でも付けない限り、貸し出すメリットは有りません。
現在の経済システムでは、「米を借りる」(米に限りませんが)という行為が直接行われるわけではなく、「米を借りる」分の「お金」を借りて「米を借りる」という構造になっています。つまり1年後に「米を返す」時には利子分の米を多く収穫し、それを利子分のお金に戻して「米とお金(利子分)」を返却する。ということになります。
この「利子分」は、米を借りた人がすべて負担するわけではなく、その先で米を買う人にコストとしてのしかかってきます。社会全体としてこの利子分のコストを増やし続けないと破綻してしまうシステムになっているのです。
その限界が、そろそろやってくるのではないかというのが、資本主義経済の限界なのかもしれません。
「劣化するお金」は、地域通貨という形をとって、世界中のさまざまな地域や局面で、実験、実行されています。多くのものが成功を収めているようですが、日本ではいまいちうまくいっていないようです。法律的な制約や、イメージ的なものもあると思いますが、「エコ」や「地域活性」という、聞こえは良いがよくわからない価値を付けてしまうのではなく、純粋に新しい貨幣のシステムとして、オンラインショップなどで実験してみると面白いのではないかと思います。
実体のないところに生まれる経済ではなく、楽しく働いてその対価として実体のあるお金を受け取るというのが、健全なお金のあり方のはずです。お盆休みに、これからのお金や経済の在り方についてのんびりと考えるのに、おすすめの本です。
ラビ・バドラ が予測していたように、資本主義の崩壊というのも近いのかもしれません。
そんななかで読んだ本が、エンデの遺言--「根源からお金を問うこと」
モモ
この書籍は、NHKが放送したドキュメンタリー番組をまとめた本ですが、「劣化するお金」や「利子のない貨幣システム」などの興味深い内容についてエンデのインタビューやエンデが参考にしたであろう書籍を基に解説しています。
循環しないと価値が下がる「劣化するお金」を作る。
→手元にお金を「貯蓄」しておくと、価値が下がっていくので、お金をを使うインセンティブになる。
→余剰分は、貯蓄しておいても価値が下がるだけなので、「投資」がしやすくなる。
→利子がつかないので、借入をしやすくなる
というのが「劣化するお金」のざっくりしたイメージです。
お金が劣化せずに、未来永劫同じ価値を維持しつづけるというシステムを作ってしまったがために、利子が生まれ、成長し続けることを止めると破綻するような金融システムになっているという理論です。
たとえば、余剰の米をだれかに貸し出して、1年後全く同じものを返却してもらえれば、米の鮮度や鮮度の維持費を考慮すれば、貸し出すメリットはとても大きいです。
逆にお金は1年経っても価値も変わらず、維持費用もかからないので、利子でも付けない限り、貸し出すメリットは有りません。
現在の経済システムでは、「米を借りる」(米に限りませんが)という行為が直接行われるわけではなく、「米を借りる」分の「お金」を借りて「米を借りる」という構造になっています。つまり1年後に「米を返す」時には利子分の米を多く収穫し、それを利子分のお金に戻して「米とお金(利子分)」を返却する。ということになります。
この「利子分」は、米を借りた人がすべて負担するわけではなく、その先で米を買う人にコストとしてのしかかってきます。社会全体としてこの利子分のコストを増やし続けないと破綻してしまうシステムになっているのです。
その限界が、そろそろやってくるのではないかというのが、資本主義経済の限界なのかもしれません。
「劣化するお金」は、地域通貨という形をとって、世界中のさまざまな地域や局面で、実験、実行されています。多くのものが成功を収めているようですが、日本ではいまいちうまくいっていないようです。法律的な制約や、イメージ的なものもあると思いますが、「エコ」や「地域活性」という、聞こえは良いがよくわからない価値を付けてしまうのではなく、純粋に新しい貨幣のシステムとして、オンラインショップなどで実験してみると面白いのではないかと思います。
実体のないところに生まれる経済ではなく、楽しく働いてその対価として実体のあるお金を受け取るというのが、健全なお金のあり方のはずです。お盆休みに、これからのお金や経済の在り方についてのんびりと考えるのに、おすすめの本です。

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